創業の歴史と精神 Spirit

高知県宿毛市沖の島の荒木家は、
島の伝統漁法とともに「必要な分だけ海から頂く」という精神を受け継ぐ漁師の一族です。荒木計(沖の島水産会長27歳の時)は、いったん集団就職で、地元を離れ、大阪でサラリーマン生活を送りました。
昭和47年、家業の大きな方向転換もあり、故郷・高知沖の島にUターン。
家業に合流、代々続く“沖の島の漁師”として再スタートを切りました。

昭和49年。ハマチの養殖が盛んになり、広域にてもじゃこ漁(ハマチの稚魚)操業を開始。
新たに、もじゃこ漁船を造船。これが、初代・龍神丸となり、沖の島水産の代名詞となります。

昭和56年 長男・荒木啓弘(沖の島水産 代表取締役社長)誕生。

昭和57年。もじゃこ漁で実績を積み、更なるステップアップとして、
ブリ漁専用船「龍神丸」を造船し、ブリ漁を始めました。昭和61年 有限会社龍神水産設立。

すると、徐々にもじゃこ漁が低調、ブリ漁は好調となっていきます。
秋冬期間限定のブリ漁だけでは、年間通じた収入に繋がらないため、
オフシーズンとなる春夏をどうするか?という課題に直面します。

そこで、穴埋めとして「鰹(カツオ)の一本釣り」に挑戦することに。
高知県といえば、「鰹(カツオ)」のイメージが強いのですが、
当時、宿毛では鰹(カツオ)漁は行われていない中での決断となりました。
平成14年のことでした。

鰹(カツオ)漁スタートに伴い、
大学卒業後、沖縄のダイビングショップで働いていた長男・荒木啓弘を呼び戻すことに。
奇しくも、親子同じ事情で、漁師の道を辿ることになります。

荒木啓弘は、鰹(カツオ)を追い求め九州沖から伊豆諸島まで遠洋漁業する中、
関東のスーパーへ買い出しに。
すると、自分たちが命懸けで獲った鰹(カツオ)が
低品質・低価格の粗悪商品として陳列されているという、衝撃の光景を目にする。

お客さんも漁師も
このままじゃあ、不幸なままじゃ!
鰹(カツオ)のほんとうの味を伝えなければならん!
なぜならば
我々は、ずっと、島の漁師やけん!

荒木啓弘は一念発起で、加工もできる漁師の会社として、沖の島水産を立ち上げる。

平成22年 株式会社沖の島水産
平成28年 有限会社龍神水産が株式会社沖の島水産に吸収合併

私たちは、漁師が命がけで海と向き合い獲れた魚をどうすれば、
最短で、最も新鮮で、最も美味しく、お客様の食卓に並べられることができるのか?
ということに徹底的にこだわり、探求を続けるのです。

沖の島伝統の漁法で「必要な分だけ海から頂く」この精神を貫きながら、
船上からダイレクトにお客様の元へお届けします。

―沖の島水産創業の精神。

企業理念 philosophy

〇お客様との約束

笑顔あふれる食卓の一角を担うべく
自然との調和、人の五感にこだわる
漁と商品開発を追求し
世代を超えたおいしさを提供します。

〇取引先との約束

お互いの理念と仕事に共感し、
確かなブランドを創るパートナーとして
対等な連携と信頼関係を築きあげます。

〇従業員との約束

どんなに苦しい場面であっても
全員で力を合わせ、乗り越えることで得られる
達成感・スキルアップ・評価を通じ、
働く喜びに繋がる職場づくりを目指します。

〇地域との約束

常識にとらわれず、
自分たちらしいブランドを次々と生み出し
新たなジャンルへと育てることで、
地域ナンバー1を目指します。

〇自然との約束

海に感謝。

〇パートナー企業との約束

対等な関係でお互いが協力し約束を守り、
素直な心でWIN-WINの信頼関係をつくります。

あなたの「美味しい!」が
海の上で働く漁師たちの
ふんばりを支えてくれています